「ケイト・ブッシュがヴォーカルのスレイヤー、もしくはアネット・ピーコックとデスのコラボレーションをあなたは想像できるだろうか?」アズサのインフォメーション・シートにはこう記されている。あらゆるパターンの音楽が試され、新しい音楽の可能性なんてもはやないのでは、なんて思ってしまう昨今だが、確かにケイト・ブッシュ+スレイヤー、アネット・ピーコック+デス、という組み合わせはこれまで無かったように思える。
アズサは、昨年惜しまれつつも解散してしまったアメリカのザ・ディリンジャー・エスケイプ・プランのベーシスト、リアム・ウィルソン、そしてノルウェーのプログレッシヴ・デス/スラッシュ・メタル・バンド、エクストルのメンバーが集結して始められたバンド。その手の音楽好きなら卒倒モノの組み合わせだ。ザ・ディリンジャー・エスケイプ・プランとエクストルという2大巨匠の出会いは、なんとFacebook。元々エクストルの大ファンであったリアムが、彼らのアルバムで使われているベースの音の秘密が知りたくて、Facebook経由でコンタクトをとったのがきっかけというのだから、実に21世紀らしいエピソードだ。一方アズサの話は、13年頃エクソトルからリアムに持ちかけられた。大好きなバンドからのオファーであるから、リアムに断る理由などあるはずもない。しばらくは、リアム+エクストルの2人(デイヴィッド・フスヴィック(ドラム)、クリスター・エスペヴォル(ギター))でプロジェクトは進められていた。転機となったのは16年。リアムがデンマークの一人女性ブラック・メタル、Myrkurのアメリカ・ツアーで、サポート・ベーシストを務めたときのこと。常々アズサに必要なのはメロディだと考えていたリアムは、「歌える女性ヴォーカリストを入れてみてはどうか?」とひらめいた。このアイデアをデイヴィッドに伝えると、その役にふさわしい女性の心当たりがあるという。そして加入したのが、エレーニ・ザフィリアドウ。ベルギーの実験的ポップ・デュオ、Sea + Airでヴォーカルやチェンバロ、ドラムなどを担当している彼女が加わったことで、リアムのもくろみ通り、アズサの音楽はまったく新しいものへと進化したのである。
さて、日本人であれば、どうしても「アズサ」というバンド名に引っかかるだろう。「どうせメンバーがつきあってる女の子の名前だろう」なんて不謹慎なことを考えるなかれ。これ、メンバーのガールフレンドの名前でないどころか、日本語でもないのだ!話は18世紀にまでさかのぼる。当時南カリフォルニアに、コマ・リーというネイティヴ・アメリカンの女の子がいた。彼女は断食と祈りで、人々の病を治すことができたのだ。「アズサ」という名は、彼女の神秘的な力で病が治ったという部族の長老が与えたもの。彼らトングヴァ族の言葉で「祝福された奇跡」という意味だ。現在も南カリフォルニアには「Azusa Street」という通りが存在している。
そんなアズサのデビュー・アルバム『ヘヴィ・ヨーク』。ザ・ディリンジャー・エスケイプ・プラン+エクストルという組み合わせだけで、そのクオリティは保証されたようなもの。言うまでもなくテクニカルで複雑、そしてヘヴィ。そこに、ささやきからグロウルまで操る変幻自在の神秘的な女性ヴォーカルが加わるのだから、その世界観は限りなく深く、そしてまったく新しい。ディリンジャー・ファンはもちろん、全エクストリーム・ミュージック・ファン必聴のニューカマーにして巨匠だ。