エンスレイヴドは、ノルウェーのエクストリーム・メタル・バンド。四半世紀以上に渡る長い活動の中で、その音楽性をプログレッシヴ/アヴァンギャルドなものへと大きく変化させてきた彼らだが、実は思想的にはヴァイキング・メタル、音楽的にはシンフォニック・ブラック・メタルというジャンルのパイオニア的存在でもある。
エンスレイヴドは91年、イヴァー・ビョルンソン(G,Key)と、グリュートレ・チェルソン(Ba,Vo)によって結成された。この時グリュートレは17歳、イヴァーに至っては何と13歳。(ちなみにこの時のドラマーはK.ヨニーという名前だが、この人物、後のトゥリム・トルソンである。トゥリムは95年にエンスレイヴドを脱退、エンペラーに参加した。)
エンスレイヴドの名をアンダーグラウンドに轟かせたのが、2本目のデモ『Yggdrasill』(92年)である。このカセットで、当時まだ殆ど例のなかったシンセサイザー入りのシンフォニック・ブラック・メタルという新スタイルの音楽を提示。世界中のアンダーグラウンド・メタル・ファンの度肝を抜いた。それだけではない。音楽的にはブラック・メタルと言えるエンスレイヴドだったが、その思想は悪魔主義とは無関係。彼らがテーマとしたのは北欧神話であり、しかもそれを古ノルド語で歌ってみせたのだ。「北欧のバンドが母国語で北欧神話を歌う」という、現在特にヴァイキング・メタル方面で当たり前となっているこのコンセプトは、エンスレイヴドによる発案なのだ。当時イヴァーはまだ14歳。この年齢でエクストリーム・メタルの歴史を変える作品を作った人物は、他にいないであろう。しかも音楽面、思想面両方で、である。彼は間違いなく天才だ。
翌93年リリースのEP『Hordanes Land』は、エンペラーのデビューEPとのカップリングとしても発表された。このスプリットCDこそ、シンフォニック・ブラック・メタルという音楽形態を、初めて世間に広く認知させた作品。今でこそシンセサイザーもエクストリーム・メタルの標準楽器の一つだが、それもエンスレイヴドとエンペラーあってこそ。続く94年のデビュー・アルバム『Vikingligr Veldi』は、メイヘムのギタリストであったユーロニモスのレーベル、Deathlike Silence Productionsからのリリースだった。本作が発売された時点で、ユーロニモスはすでに故人であったが。同じく94年、デビュー・アルバム・リリースからわずか半年後にはセカンド・アルバム『Frost』を、フランスのOsmose Productionsから発表している。
基本的にシンフォニックなブラック・メタルを信条としてきたエンスレイヴドだが、97年のサード・アルバム『Eld』あたりから、徐々にではあるがプログレッシヴ・ロックへの傾倒が始まる。翌98年の4th『Blodhemn』、00年の5th『Mardraum: Beyond the Within』、01年の6th『Monumension』、03年の7th『Below the Lights』と、アルバムを重ねるごとにプログレへの接近はより顕著となり、クリーン・ヴォーカルが増加しただけでなく、メロトロンといったプログレのアイコン的楽器も登場。長年のパートナー、Osmose Productionsを離れ、Tabu Recordingsからのリリースとなった8th『Isa』(04年)、9th『Ruun』(06年)あたりになると、ブラック・メタル版ピンク・フロイドとでも形容すべき独自のプログレッシヴ・メタル・スタイルを確立。エクストリーム・メタル界最大手、Nuclear Blastと契約しリリースされた10th『Vertebrae』(08年)は、本国ノルウェーで、Spellemann Awardを受賞。その後も11th『Axioma Ethica Odini』(10年)、12th 『RIITIIR』(12年)、13th『In Times』(15年)と、もはや「アヴァンギャルド・ノルウェジアン・メタル」としか形容しようのない、オリジナリティあふれるハイ・クオリティな作品をコンスタントに発表。16年にはラウドパークにて、初来日公演を行っている。新しいことを求め続ける彼らは続けて、14th『E』(17年)、15th『UTGARD』(20年)をリリース、プログレッシヴさの追求とブラック・メタル回帰を両立させている。
23年3月には3年ぶり、16作目となるニュー・アルバム『ヘイムダル』をリリース。北欧神話に登場する光の神ヘイムダルは、エンスレイヴドがデモ時代からモチーフとしてきたもの。今回もピンク・フロイド・ミーツ・ブラック・メタルとでも言うべき彼ら独特のスタイルは健在。ブラック・メタル然としたリフ、プログレらしいコード、絶叫ヴォーカル、美しいハモり等が混在した、エンスレイヴド・ワールドがこれでもかと展開される。グリュートレの「バンドの過去、現在、未来が一体となった作品」という言葉通り、エンスレイヴドの30年以上に渡る活動の集大成と言えるアルバムに仕上がっている。