ヴェノムがあらゆるエクストリーム・メタルの産みの親であることに、疑問の余地はない。81年リリースの彼らのデビュ―・アルバム『Welcome to Hell』に収録された「Witching Hour」は、モーターヘッドからの影響が色濃いものの、世界初のスラッシュ・ソングと呼べるものである。デス・メタルのパイオニア、フロリダのデスは、もともとマンタスというバンド名であったのだが、これはヴェノムのギタリスト、マンタスに由来する。そしてブラック・メタルというジャンルに至っては、そのジャンル名がヴェノムのセカンド・アルバム『Black Metal』(82年)からとられているのだ。あらゆるエクストリーム・メタルは、ヴェノムを出発点としており、直接的にしろ間接的にしろ、ヴェノムから影響を受けていないエクストリーム・メタル・バンドなど存在しえないのである。
『Welcome to Hell』、『Black Metal』、そして『At War with Satan』(84年)、『Possessed』(85年)という4枚のスタジオ・アルバムは、いわゆるオリジナル・ヴェノムと言われるクロノス(Ba、Vo)、マンタス(Gu)、アバドン(Dr)の3名で作られた。しかし『Possessed』リリース後にマンタスが脱退したのを皮切りに、その後はクロノスが脱退したり、活動休止したり、挙句の果てにはクロノスが復活してオリジナル3人が揃ったり、でもまたアバドンが抜け、マンタスが抜け、結局現在3人のうちヴェノムに残っているのはクロノスただ一人なのである。つまり最近では、ヴェノム=クロノスという等式が成り立っていたのだ。だがマンタスはマンタスで、歴史的名盤とされる『Welcome to Hell』、そして『Black Metal』の曲の殆どを書いたのは自分であり、自分こそがヴェノムを名乗るに相応しいという自負を持っている。という訳で、そのマンタス、アバドン、そしてクロノスの代わりにデモリション・マンという、5枚目のアルバム『Prime Evil』(89年)期のトリオが集まって始められたバンドが、ヴェノム Inc.なのである! つまり現在、ヴェノムとヴェノム Inc.という、いわば2つのヴェノムが存在しているのだ。メタルの歴史も長く複雑になってきた現在、こういう元祖・本家争いというのはもはや珍しくない。
そのヴェノム Inc.は、もともと15年、ドイツのKeep It Trueというフェスティヴァル用の、一夜限りのプロジェクトとして企画された。しかし、いくらクロノスを欠くとはいえ、約20年の時を経てマンタスとアバドンが再合体、ヴェノムの名曲を演奏するというのだから大事件にならないはずがない。その場にいあわせた数千人のファンが大熱狂したのは当然のこと、ヴェノム Inc.には世界中のプロモーターからラブコールが殺到。結局彼らは3人での活動継続を決意するに至った。『Welcome to Hell』、『Black Metal』というヴェノムの2大クラシック・アルバムの曲を演奏するということで大きな話題となったツアーは、15年に日本にもやってきた。
やがてツアーを続けるうちに、バンド内では新しいアルバムを作りたいという意欲が、そしてファンからは新作をぜひ聴きたい声が大きくなってくる。一夜限りのプロジェクトとしてスタートしたヴェノム Inc.は、過去の名曲を聴かせるライヴ・バンドになり、そしてついに完全に現役復帰を果たす決断をするに至ったのだ。その結果、ヴェノム Inc.名義ではデビュー・アルバムとなる『アヴェ』が2017年にリリースされた。