
もともと80年代のイーヴルなスラッシュ・メタルへの回帰という側面を強く持っていたブラック・メタルであるが、現在そのスタイルは限りなく拡散していると言える。おそらくは、シンセサイザーというあらゆる楽器、声の代替となりうるものが基本編成に組み入れられていたこと、そしてBurzumが発明した(少なくともVarg本人はそう豪語している)単音トレモロという、わりと自由度の高いリフスタイルが中心であったことにより、ブラック・メタルは他ジャンルと結びつきが容易だったのではないか。そんなスタイル拡散の最右翼バンドが、フランスのアルセストである。最近の音だけ聴けば、果たしてなぜこれがブラック・メタルの文脈で語られるのか不思議なほど、その音楽性は独特である。
最右翼「バンド」という書き方をしたが、事実上アルセストは、ヴォーカル、ギター、ベースはもちろん、キーボードやドラムまでもこなす文字通りのマルチ・プレイヤー、ネージュこと、ステファン・ポーのソロ・プロジェクト。どんな楽器でもこなせることから、数多くのバンドに関わってきたネージュであるが、00年代初め、悪名高きペスト・ノワールでギターやドラムを演奏していたことからもわかるとおり、その出自はやはりブラック・メタルと言える。アルセストの始動は99年頃。01年にデモ『Tristesse hivernale』、05年にはEP『Le Secret』をリリースしているが、これらの作品も十分ブラック・メタルで語れる範疇の作品である。アルセストがその独自のスタイルを完成させたのは、07年に発表されたデビュー・アルバム『Souvenirs d’un Autre Monde』において。ネージュは04年、オードリー・シルヴァンとともに、Amesoeursを結成。このバンドは、Burzum、The Cure、Depeche Mode、Sonic Youth、Katatonia 、New Order、Joy Division等から影響を受けた、つまりブラック・メタル、ポスト・パンク、ゴスを融合させたまったく新しい音楽性を持っており、言うなればこのバンドこそがアルセストのプロトタイプだったのである。Amesoeursは09年、バンド名を冠したアルバムをリリースしたのち解散してしまうが、ネージュはアルセストにおいて、「ブラックゲイズ」などと形容されるそのスタイルを継承、追求していくことになる。
アルセストの音楽についてネージュは、彼が子供のころに夢で見た「色も形も音もない架空の世界」を音で表現したものだとしている。アルセストの奏でる音は、とにかく美しい。済んだ歌声、トレモロ・ギターのハーモニー。これらの形容は、一般的なブラック・メタルのそれとは真逆とも言える。先ほど「ブラックゲイズ」という言葉を使ったが、これはアルセストのトレモロ・ギターが、シューゲイザーというジャンルを想起させることから生まれたジャンル名だ。だが、ネージュによれば、『Souvenirs d’un Autre Monde』をリリースした時点では、いわゆるシューゲイザーといわれる音楽を聴いたことはなく、その根底にあるのはやはりBurzumであるとのこと。