世界中で大きな人気を誇るフランスのAlcest。結成は99年。01年にデモ『Tristesse hivernale』、05年にはEP『Le Secret』をリリースしている。この頃は十分ブラック・メタルという範疇でくくれるスタイルであった。彼らがその独自のスタイルを完成させたのは、07年に発表されたデビュー・アルバム『Souvenirs d’un Autre Monde』において。リーダーのネージュは、04年にAmesoeursという、Burzum、The Cure、Depeche Mode、Sonic Youth、Katatonia 、New Order、Joy Division等から影響を受けた、つまりブラック・メタル、ポスト・パンク、ゴスを融合させたバンドを始めており、Alcestではこのスタイルを完成型に持っていったと言える。「Alcestは子供のころに夢で見た色も形も音もない架空の世界を音で表現したもの」だと言うネージュ。ひたすら美しいその音楽は、ブラック・メタルやヘヴィメタルという枠を大きく飛び越え、幅広いファン層を獲得していったのも当然である。
2019年にはアルバム『スピリチュアル・インスティンクト』をリリース。前作『Kodama』(映画『もののけ姫』にインスパイアされたアルバムだ)から3年ぶり、ニュークリア・ブラストへ移籍後初のアルバムだ。本作の製作は、ネージュ曰く「長く困難だけどやりがいのあるプロセス」であったが、「その仕上がりには本当に満足している」というだけあり、夢の世界を音楽で表現しようとしたというのが実によくわかる仕上がり。別世界の美しさを語るネージュのヴォーカルの美しさと、ブラック・メタル的暴虐性のコントラストというアルセストの持ち味が十分に発揮されたアルバムだ。全6曲40分強というアルセストのおなじみの構成に加え、日本盤にはボーナストラックとして、同郷フランスのシンセウェイヴ・ミュージシャン、Perturbatorによるリミックス・ナンバーを収録。エクストリーム・メタル・ファンだけでなく、ポストロックや先鋭的な音楽好きに強くアピールする強力な作品である。
2024年にはアルバム『Les Chants de l’Aurore』をリリース。タイトルはフランス語で「夜明けの歌」、もしくは「オーロラの歌」の意。本作についてネージュは「Alcestのオリジナル・コンセプトに立ち戻った作品。ファースト・アルバムと同じように、別世界の探検だ」と語っている。彼の言う通り、これは別世界の美しさを表現したとしか言いようのない作品。オープニング・ナンバーは「Komorebi」。当然日本語の「木漏れ日」だ。このタイトルを見ただけで、我々はこのアルバムが表現しようとしているものが、どんな世界であるかを容易に想像できるはず。メロディ、ヴォーカル、シンセサイザーのアレンジメント。すべてがこの世のものならぬ美しさに包まれた本作。これぞAlcestの真骨頂と言える、最高のアルバムだ。