ノルウェーのブラック・メタル界を代表するバンドの1つ、イモータル。彼らはブラック・メタルの顔であると同時に、ブラック・メタルのアイデンティティを逆転することで成功を掴んだバンドと見ることもできる。
イモータルは91年、ベース・ヴォーカルのアバス、そしてギターのデモナスを中心に結成された。その母体となったのは、Old FuneralとAmputationというデス・メタル・バンド。90年代初頭は、ノルウェーでブラック・メタルが大きなムーヴメントとなり、それまでデス・メタルをプレイしていたキッズたちが、一斉に宗旨変えをした時期。イモータルも、そんなバンド群の1つであった。デモと7"EPを発表後、新進気鋭のOsmose Productionsと契約。92年に『Diabolical Fullmoon Mysticism』でアルバム・デビューを果たす。さらに『Pure Holocaust』(93年)の『Battles in the North』(95年)と順調にアルバム発表し、特にヨーロッパにおいて大きな人気を獲得していった。彼らが多くのファンから支持を得た理由の一端を知りたければ、ぜひ「Grim and Frostbitten Kingdoms」や「Blashyrkh (Mighty Ravendark)」(いずれも『Battles in the North』収録)あたりのPVを見てほしい。コープスペイント+ガニ股で演奏し、山の中を走り回る姿には、思わず笑みがこぼれてしまうに違いない。イモータルは、「ブラック・メタル=怖い音楽」という固定観念を、見事にひっくり返したバンドなのだ。結果、ブラック・メタルという閉鎖的な世界の門戸を、多くの人々に開放したのである!イモータルは、あの悪名高いインナーサークル全盛期にその活動を開始している。アバスは故Euronymousに感化されブラック・メタルにハマり、またOld FuneralではBurzumのVarg Vikernesとも一緒にプレイをしていたほど。だが、彼らは犯罪行為に手を染めることはしないという、確固たる意志を持っていた。「犯罪に手を染めないなんて、当たり前だろ!と思われるかもしれない。しかし当時のノルウェーは、「教会に火をつけてこそ一人前、それができなければニセモノ」なんていう、常識では考えられないような価値観がまかり通る異世界だった。それまでファンタジーでしかなかった悪魔やアンチ・キリストの世界を、教会を焼き払うことで現実のものとしていたのだ。ブラック・メタルは本当に危険な音楽でなくてはいけない。それが当時のブラック・メタルのアイデンティティだったわけである。そんなシーンのど真ん中にいながらにして、イモータルはそのアイデンティティを真っ向から否定。悪魔を再びファンタジーの世界へと送り返す役割を担ったのだ。彼らのPVを見て、「あんなものはブラック・メタルではない!けしからん!」と腹を立てたコアなファンもいたことだろう。だが、元来イーヴルであることとユーモラスであることは紙一重。ブラック・メタルの元祖ヴェノムはそこをよく心得ていたからこそ、悪魔について歌うと同時に、決してユーモアの精神を忘れることはなかった。イモータルは、EuronymousやBurzumらが「No Fun」と切り捨てた部分を復活させ、原点であるヴェノムへ立ち返ることで多くのファンの心をつかんだのである。冒頭「イモータルはブラック・メタルのアイデンティティを逆転させた」と書いたが、ヴェノムこそがブラック・メタルの原点であるとするならば、「イモータルこそ最も正統なブラック・メタルの継承者」ということになるだろう。
そんなイモータルだが、その歩みは山あり谷ありであったと言える。ドラムにホルグを加え、97年には4枚目のアルバム『Blizzard Beasts』をリリースした矢先、デモナスが酷い腱鞘炎にかかり、ギターを弾けなくなってしまう。そのため続く『At the Heart of Winter』(99年)、『Damned in Black』(00年)、『Sons of Northern Darkness』の3枚では、デモナスの役割は歌詞の提供のみ。ギターはアバスが担当せざるをえなくなった。そんな苦境で製作されたにもかかわらず、『At the Heart of Winter』はメロディックなブラック・メタルの傑作として、いまなお世界中から高い評価を受け続ける作品となった。結果、『Sons of Northern Darkness』からは、ヨーロッパ最大のメタル・レーベル、ニュークリア・ブラストへと移籍。さらなる飛躍を遂げるはずだった。だが03年、イモータルは突如解散を発表。あまりに急激な展開に、多くのファンからため息が漏れた。
その後も波乱は続く。結局4年の活動休止を経て、07年に彼らは活動を再開。ドイツのヴァッケン・オープン・エアーやノルウェーのインフェルノなど、大手ヨーロッパ・フェスで久々の勇姿を披露したのち、09年にはニュー・アルバム『All Shall Fall』を発表。完全復活をアピールしてみせた、かに見えた。だが、「今度こそは」というファンの願いもむなしく、またまた問題が発生。「イモータル」というバンド名の商標をめぐって、メンバー間で法的争いになってしまったのだ。アバスは「イモータル」というバンド名は自分1人のものであるとする一方、デモナスとホルグは、3人全員が権利を所有するものと主張。結局15年3月、アバスはイモータルから脱退。現在は個人名義での活動をしている。
さまざまな困難を乗り越えてきたイモータルも、さすがにアバス抜きでは再解散もやむなしかと思われたが、そんなことでギブアップする彼らではない。残されたデモナスとホルグは、バンドの継続を決意。そしてついに、このたび9年ぶりとなる新作『ノーザン・ケイオス・ゴッズ』がリリースされることとなったのだ!アバスの後任を加入させることなく、デモナスがヴォーカルも担当。ベースにはゲストとして、あのピーター・テクレンが参加。
2023年5月、5年ぶりのニュー・アルバム『ウォー・アゲインスト・オール』をリリース。ホルグすらいなくなっており、ついにデモナスのソロ・プロジェクトと化している様子。だが、心配はご無用。「ファースト・アルバムで確立したスタイルを続けていく。つまり速くて、激しくて、エピックなBlashyrkh Metalだ!」とデモナスが豪語する通り、その中身はイモータル以外の何ものでもない。ブリザードが吹き荒ぶ、厳しい極北の自然を音にしたような暴虐のブラック・メタルは健在。これこそノルウェーのブラック・メタル。